戦争の末期には、V2ロケットと技術者たちをできるだけ多く獲得するレースが行われた。アメリカ軍はペーパークリップ作戦の下で貨車300両分の V2 とその部品を捕獲し、オルガー・N・トフトイ大佐は、ジョージ・パットン大将率いる第3軍に投降したフォン・ブラウンやドルンベルガー将軍をはじめとする126人の主要な設計技術者をアメリカに連れ帰った[1]。その後数年間、アメリカのロケット計画は未使用の V-2 ロケットを活用して進められた。これらの改良型 V-2 のひとつである2段式の「バンパー」は、1949年2月24日の試験飛行で当時の高度記録である400kmを達成した。
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フォン・ブラウンはアメリカ陸軍のレッドストーン兵器廠に勤務し、1950年からはアラバマ州ハンツビルに居住。後にレッドストーン、ジュピター、ジュピター-C、パーシングそしてサターンなど、ほぼ全てのアメリカのロケットの生みの親となった。
ソ連もまた多数の V2 ロケットと250人余りの技術者を捕らえた。元共産党員の妻を持つヘルムート・グレトルップ(Helmut Gröttrup) がこのグループを率いた。彼らはドイツ国内でロケット研究を継続できるという条件でソ連軍に協力したが、1946年にソ連は突如彼らをソ連国内の孤島 (Goromlia) に隔離収容して、V2 ロケットをもとに多くの新しいミサイルの開発を行なわせた。しかし、ドイツ人の設計によるものは一つも生産されたものはなかった。1950年代にソ連の技術者が十分な経験を積むと、ドイツ人技術者は東ドイツに帰国させられた。
ドイツ人技術者のノウハウをもとに、ソ連が開発したミサイルにはV-2のコピーR-1、射程延伸型R-2、R-3(計画のみ)、ソ連で最初に核弾頭を搭載したR-5およびR-5M(NATO名SS-3 Shyster)などがある。スカッド(NATO名 SS-1b/c SCUD。ソ連名称 R-11およびR-17。)ミサイルはそれらの技術から発展した戦術ミサイルである。
同様にイギリスは少数の V2 ミサイルを捕獲し、いくつかを北ドイツの射場でバックファイア作戦として打ち上げた。しかし、関係した技術者はすでに、試験完了後にアメリカに移ることに合意していた。同作戦の報告は、あらゆる支援手順、専用の車両そして燃料合成を含む広範囲な技術文書を残した。
V2 の射程距離は約1,000kgの弾頭でおよそ300kmであった。 そのほかの仕様は次の通り:
構成:1段式液体ロケット
全長:約14m
直径:約1.7m
離陸時質量:12,800kg
離陸時推力:27,000kgf
V2 はアルコール(エタノール)と水の混合燃料及び酸化剤の液体酸素を推進剤とした。燃料ターボポンプは過酸化水素により駆動された。混合燃料は重量軽減のためアルミニウムの燃料タンクに貯蔵されたが、アルミニウムは稀少かつ高価であったため、ドイツの戦時経済にとっては大きな負担であった。
燃料は主燃焼機の壁を通してポンプで運ばれた。これは混合燃料を予熱すると同時に燃焼機を冷却して、過熱による溶融を防ぐためである。そして燃料はアルコールと液体酸素の混合比が常に適切になるよう、いくつかのノズルを通って主燃焼室に運ばれた。
燃焼ガスの向きを制御し、ロケットの進行方向を変えるための推力偏向板(ジェットベーン、Jet vane)方式には、現在大気圏外を飛行するロケットで主流の、ノズル全体の向きを変えるジンバル機構方式に比べると、燃焼ガスの運動エネルギーロスが大きいという欠点がある。しかし機構がごく簡単なため、当時の工作技術の下では合理的な選択であった。
後期の V2 には目標への誘導のために地上から送信する電波信号を用いるものもあったが、初期モデルはロケットの方位を合わせるための単純なアナログコンピュータを用いた。飛行距離は燃料残量で計算され、燃焼が完了するとロケットは加速を停止し、程なく放物線飛行カーブの頂点(約80km)に達した。
作戦用のV2は大抵何種類かの迷彩パターンで塗装されたが、終戦近くには全面オリーブグリーン色塗装も見られた。試験中には、ロケットは特徴的な黒白の市松模様で塗装され、ロケットが自身の長軸を回転軸としてスピンしたかどうか判断できるようにされた。
クロスボー作戦(原題:Operation Crossbow)、Metro-Goldwyn-Mayer,1965年製作
ベルギーの漫画「タンタンの冒険」シリーズの作品『タンタンの冒険 めざすは月』(Objectif Lune/Destination Moon)および『タンタンの冒険 月世界探検』(On a marché sur la Lune/Explorers on the Moon)に登場する月ロケットは、一見、A4そっくりである。両機の機体表面に描かれているチェック模様が酷似している為だが、これは当時まだ、打ち上げ発射台に乗せたロケット機体の傾き誤差をセンサーで自動検知する技術が確立されていなかった為である(人の視力で、遠方からそれを事前にチェック・把握するしか術が無く、それを少しでも円滑に行い易くする様、機体にチェック模様が塗られていた)。戦後、アメリカが開発した宇宙開発用ロケットの初期段階の機種でも、同じ様な模様を暫く描いて運用されていた。ロケットの表面にチェック模様が描かれるのがごく当たり前の時代に創作されたが為、前述の作品でも同じくそういうデザインが採り入れられたと思われる。
米映画「スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー」(2004)の最後の場面に登場するロケットも、V2の形をしている。