戦国時代には能の芸の内容に大きな発展は無かったと考えられている。しかし能は織田信長や豊臣秀吉ら時の権力者に引き続き愛好されていた。『宇野主水日記』によると、信長は1582年に安土の総見寺で徳川家康とともに梅若家の猿楽を鑑賞しており、自身も小鼓をたしなんだと言われる。また信長の長男の織田信忠は自ら能を舞ったとの記録がある。
信長に続き日本の最高権力者となった豊臣秀吉は、晩年熱心に能を演じた。1593年10月には秀吉は後陽成天皇の前で3日間連続で何番もの能や狂言を演じている。[21]
しかしその一方で、秀吉は大和四座以外の猿楽には興味を示さなかった為、この時期に多くの猿楽の座が消滅していった。言わば、秀吉によって現在に続く能がそれ以外の猿楽から選別されたのである。
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